大腸がんの疑いで大学病院へ搬送。信頼できる主治医との出会いと説明、家族の暖かさに支えられた夜

夫は、私が大学病院に搬送されることが決まった瞬間から家族に連絡を取り、すべての段取りを整えてくれていました。救急車で大学病院に到着すると、すでに夫の両親が待っていてくれていて、心強さで胸がいっぱいになりました。
母は遠方に住んでいたため到着に時間がかかりましたが、心配で仕事を早退して、夜には駆けつけてくれることになりました。
検査を終えて痛み止めをしてもらい、病室で横になっていると、夫と両親が待合室に呼ばれ、担当の先生から病状の説明がありました。
先生との出会い
先生は、落ち着いた笑顔で言いました。
先生「まず病名からお話ししますね。今、疑っているのは“大腸の上行結腸”にできた腫瘍です」
先生は紙に腸の絵を描きながら、ていねいに説明を続けてくれました。
先生「腫瘍が便の通り道をふさいでしまい、腸がパンパンに膨らんで激しい痛みが出ています」
私は思わず息をのみました。
先生「一般的には、この場合“人工肛門”を作る手術を行うことが多いです。腸を切って外に袋をつけ、そこに便を出す方法です」
私「……人工肛門」
その言葉に胸がドキッとしました。命が優先なのは分かっている。けれど、正直、とても怖かった。
先生「でも、僕は今回は“必要ない”と考えています」
夫と私は思わず顔を見合わせました。
先生「まだ完全にふさがっているわけではなさそうです。もし少しでも流れてくれれば腸の圧が下がり、腸同士をつなげる手術ができます。人工肛門を避けられる可能性が高いんです」
その言葉に、張り詰めていた胸が少しだけ緩むのを感じました。
先生「今夜は薬で便をやわらかくして様子を見ましょう。明日の朝のレントゲンで流れていれば大丈夫。流れていなかったとしても、別の方法で必ず対応します。安心してください」
夫が大きくうなずき、私の手をぎゅっと握ってくれました。
その温もりに、「大丈夫」と信じる気持ちが芽生えました。

結婚式のことを聞いてみた
私「先生……あの、私たち、10日後に結婚式なんです。やっぱり無理でしょうか?」
状況を考えると場違いな質問かもしれない。けれどどうしても聞きたくて、思わず口にしていました。
先生は少し驚いたように笑みを浮かべました。
先生「そうなんですね!……では、考えてみましょう」
「え?」と私と夫は同時に顔を上げました。
先生「大丈夫です。安心してください。治療方針を工夫すれば、結婚式に出られるように調整できます」
さらに先生は続けました。
先生「実は、僕の父がこの病院の院長なんです。手術の予定はかなり詰まっていますが、権限を使ってでも調整します。必ず結婚式に出られるように組み立てていきましょう」
私「えっ……本当に?」
先生「はい。結婚式の前日に一時退院して、その日のうちにまた戻ってきてもらいますけど、それでよければできます」
夫と私は思わず顔を見合わせ、同時に「ありがとうございます!」と声を揃えていました。
母の到着
その夜、母も知人に車で駅まで迎えてもらい、病院に駆けつけてくれました。
家族が揃ったタイミングで担当の先生が来てくれて、改めて病状の説明をしてくれました。
このとき、母は初めて夫のお母さんと対面しました。
夫は海外のルーツを持っていて、お母さんは外国人。結婚式に合わせて来日したばかりでしたが、私の母は遠方に住み仕事もあったため、これまで顔を合わせる機会がなかったのです。
心配でいっぱいだった母は、涙を浮かべながら先生の話に耳を傾けていました。
その姿を見たとき胸が締めつけられましたが、私は「先生が治すと言ってくれた」という言葉に支えられ、現実の治療にしっかり向き合おうと思いました。
ふと横を見ると、夫が先生の描いてくれた腸の図を何度も真似して描きながら、一生懸命説明の練習をしていました。
その姿に思わず笑ってしまい、張りつめていた心がふっと軽くなりました。
――大丈夫。先生が「治す」と言ってくれた。
そして、神様が共におられる。その恵みはどんな状況でも決して変わらない。
私は必ず治る。
そう強く思えたのは、神様に信頼できる心を与えていただいたからでした。
投稿者プロフィール

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37歳で婚約し、38歳で迎えた初めての結婚式の準備真っただ中に、大腸がんが見つかり大学病院へ緊急搬送されました。
ステージ3Bと診断され、手術・40日間の絶食、3カ月間の抗がん剤点滴治療を経験。
がんを抱えたまま挙式のために3日間の一時退院したことなど、闘病記を綴っています。
アラフォーに近づき、結婚に至るまでの恋愛で悩み、挫折した経験。
そして突然のがん闘病生活から始まった新婚生活。
私の経験が、同じように悩む読者の励みになれば幸いです。






