入場スタイルに悩んだ私が、心から納得できる選択に辿り着くまで ― 家族・過去・結婚式の葛藤 ― 

ここで少し話がそれますが、
「入場スタイルをどうするか」は、今回の結婚式で最初から最後まで、私を最も悩ませたテーマでした。

正直に言うと、このことで
「もう結婚式なんてしたくない」
そう思うほど、心をすり減らした出来事でもあります。

私の両親は、私が子どもの頃に離婚しました。
その後、私は母と暮らし、父とは約10年間会うことがありませんでした。

大人になってから、自分の意思で再会を決めたときの出来事は、
今振り返っても「奇跡」としか言いようのない体験でした。

日本では、離婚後に両親双方と自由に会える環境が整えられるケースは、まだ多くありません。
私も例外ではなく、簡単に語れるような状況ではありませんでした。

再会した頃には、父はすでに再婚しており、
私は義理の母も含めて、少しずつ交流を重ねてきました。

一方で、実の母は、過去の痛みから
父との再会はおろか、私が父と会うこと自体を受け入れられないほど、
深い感情を抱えていたと思います。

そんな二人が、
「結婚式」という場で、再び同じ空間に立つ。

それ自体が、とても繊細で難しいことでした。

私はというと、
「父と歩いたら喜んでもらえるかな」
その程度にしか考えていませんでした。

けれど、育ててくれた母の立場に立てば、
それがどれほど複雑で、傷つく出来事になり得るかも、想像できてしまいます。

牧師たちの意見も分かれました。

  • 一般的には父親
  • しかしそれは「育ててくれた人からのバトンタッチ」という意味がある
  • 形式だけが独り歩きするのは違うのではないか

母と歩けば、今度は父への配慮が心に残る。
恩師にお願いする案も考えましたが、
「父親にとって特別な役割だから」と、辞退されました。

どの選択肢にも、誰かの痛みが残る—
そんな気がして、私は次第に疲れ果てていきました。

そんな中で、恩師のアメリカ人の奥さんが、
ふとこう言ってくれたのです。

「二人で一緒に入場したらいいじゃない」

親から離れ、それぞれの志で長い独身時代を歩んできた私たち。
パイオニア同士なのだから、一緒に入場するのはとても素敵なことだと思う。

その言葉を聞いたとき、
張りつめていた心が、ふっと軽くなるのを感じました。

さらに彼女は、
「ブライズメイドとして友人と一緒に入場してもいいのよ」
とも言ってくれました。

私はこれまで、人生のさまざまな局面で友人たちに救われてきました。
家族以上に、精神的な支えとなってくれた存在です。

その友人たちと一緒に、結婚式の日を歩める。
それ以上に、私らしい選択はないと思いました。

すぐに2人の顔が思い浮かび、連絡をすると、
忙しい状況の中でも、喜んで引き受けてくれました。

家族のことで苦しんでいた私は、
またしても友人たちに救われたのです。

投稿者プロフィール

Risa
Risa
37歳で婚約し、38歳で迎えた初めての結婚式の準備真っただ中に、大腸がんが見つかり大学病院へ緊急搬送されました。
ステージ3Bと診断され、手術・40日間の絶食、3カ月間の抗がん剤点滴治療を経験。

がんを抱えたまま挙式のために3日間の一時退院したことなど、闘病記を綴っています。

アラフォーに近づき、結婚に至るまでの恋愛で悩み、挫折した経験。
そして突然のがん闘病生活から始まった新婚生活。

私の経験が、同じように悩む読者の励みになれば幸いです。