医療保険に入っていて本当によかった──闘病の中で知った「備え」と家族の愛

この入院での「ファインプレー」
今回の入院で、
「本当に良かった」と心から思ったことがあります。
それは、医療保険に加入していたことでした。
30歳、再びアフリカへ向かう決断の中で
2017年、30歳だった私は、
日本での安定した働き方ではなく、
日本と海外を行き来する、不安定と呼ばれる生き方を選びました。
家族の理解は得られず、
シェアハウスで生活費を切り詰めながら、
海外に行くための資金を貯める日々。
今振り返ると、
かなりストレスフルな下積み時代だったと思います。
円形脱毛症になり、肌荒れが治らない時期もありました。
精神的にも、かなり追い詰められていたのだと思います。
「もしも」に備えるという選択
そんな中で考えたのが、保険でした。
もし海外で何かあったら。
もし最悪の事態になったら。
救援に来る家族に、
莫大な医療費や搬送費を負わせることだけは、
絶対に避けたかったのです。
毎月約13,000円。
当時の収入からすれば、かなり背伸びした金額でした。
それでも、
「生きたい未来があるなら、備えは必要だ」
そう思って、加入を決めました。
まさか、この時の決断が
正直に言うと、
ガン保険は「万が一」のつもりでした。
家族にがんの人もいなかったので、
自分には不要かもしれない、と思ったこともあります。
けれど、その保険が、
今回の闘病で大きな支えになるとは、
夢にも思っていませんでした。
約40日間の入院費、
仕事ができない期間の不安。
給付金と入院日額があることで、
お金の不安に飲み込まれずに治療に集中できたことは、
本当に大きな祝福でした。
父の愛を、病気を通して知る
らに驚いたことがあります。
元経営者だった父が、
私名義で加入してくれていた保険の存在を知ったのです。
入院・手術の実費や差額ベッド代を補償する内容で、
私自身の保険と重ならず、
最大限に支えられる形でした。
詳しく説明されていなかったからこそ、
その事実を知った時、驚きと喜びと感謝があふれました。
失われた時間と、取り戻されていく絆
両親は離婚しており、
父と一緒に暮らしたのは10歳まで。
その後10年会わず、
20歳で再会するという道のりを経た家族です。
絆を取り戻すには、
長い時間と、多くの痛みがありました。
それでも、
病気と結婚という人生の大きな節目を通して、
私は父の愛と、家族のやさしさを深く知ることになりました。
備えられていた「生かされる道」
保険によって、現実的な不安が軽くなった時、
私ははっきりと感じました。
神様は、この経験を通しても、私を生かそうとしている。
恐れに支配されなかったのは、
過去に、召しに生きると決断した
人生の分岐点での選択があったからだと思います。
この結婚と入院は、
苦難の始まりでありながら、
驚くほど救いの道が、すでに備えられていました。
投稿者プロフィール

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37歳で婚約し、38歳で迎えた初めての結婚式の準備真っただ中に、大腸がんが見つかり大学病院へ緊急搬送されました。
ステージ3Bと診断され、手術・40日間の絶食、3カ月間の抗がん剤点滴治療を経験。
がんを抱えたまま挙式のために3日間の一時退院したことなど、闘病記を綴っています。
アラフォーに近づき、結婚に至るまでの恋愛で悩み、挫折した経験。
そして突然のがん闘病生活から始まった新婚生活。
私の経験が、同じように悩む読者の励みになれば幸いです。






